我が座間味の古老たちの話しによると、サンゴ礁の敵であるオニは、1940年頃も見かけたとのことである。
そのころのケラマ・座間味村は、ケラマガチュウ(ケラマカツオ節)の名声を欲しいままにし、沖縄本島のみならず、内地にもその味の良さの評判をとどろかせていたそうだ。
カツオを釣る際の生き餌になるのは、スルルグァ−(キビナゴ)やウフミ(キンメやスカシ)なので、それらを網で捕獲する時にみかけたそうだが、誤って刺すこともなかったようなので生息数としてはおそらくたいしたものではなく、自然の一部の生物として、ごく当たり前にいたとおもわれる。ちなみにオニヒトデのことを方言でトォーガチチャー(唐のヒトデ)と呼んでいて悪い?ものや、珍しいものは外からやって来たものと考えていた節がありありと分かってしまうのはご愛嬌。
さて、オニの大量発生の原因は、今だ、不明確だが、ここ座間味村では、1974年頃大発生し、島の周りのミドリイシサンゴ類は全てと言っていいくらい食べつくされ、唯一、クバ島のリュウキュウキッカサンゴのみが生き残ったことを記憶している。また、これらの大発生がみられた年を前後して、カツオの餌とりが島のまわりだけではどうしようもなくなり、カツオ船の組合員たちが難儀したことも記憶に新しい。
今、座間味村では、ダイビングが盛んに楽しまれてるが、ナントカ根・・・とかいってダイバーが楽しんでいる根の大半は、かつてのカツオの餌とりの時に利用されていた、小魚たちの付く根であり先祖たちが大切に引き継いでくれた場所でもある。
現在、座間味村では、1995年頃からオニ退治のボランティァ活動が行われ、サンゴ礁の管理保護に大いに貢献していて、特にここ数年の異常発生には同じ地球上の生物同士の闘い?のように踏ん張っている。 2002と2003年の合計では、駆除数 150,512匹 のべ人数3.902名 のべ日数347日 のべ使用タンク5,030本 のべ使用船舶558隻となっており、夏、冬とわず仕事の合間をぬってオニ退治にでかけている。
つい10年ほど前までは、オニのいる所の全地域をできるだけくまなく潜り獲っていたが、広いサンゴ礁は、人的チカラではカバーできないので、結果的には、あらゆる水域でオニの食害にあってしまったとの反省から、最重要保全区域を決めその水域のいサンゴを死守するようにしている、
具体的には、ミドリイシサンゴの種類の豊富な、また、天候にあまり左右されなく、いつでもすぐに駆除作業ができる
島の周りの地先(座間味村では里海とも呼ぶ)の四ヶ所を絞り込みかつ、週にかならず1回以上は同一ポイントのパトロール?を行っている。
文献によると、オニの生息は1ha(100m×100m)で30匹以上は尋常ではないということから、四ヶ所の最重要保全区域の現状は、80匹とか120匹超をいまだに捕獲することなので、まったくもって油断はできない。30匹以下の生息でサンゴ礁とうまく共存してくれる日を待っているのだが・・・・
ここ、数年前からエコツーリズムということから、カヌーやスキンダイビングのツアーが多くなってきた。島で生計をたてる者として大変うれしく思う反面、大変な責任を感じる。それは、島の里海である地先が、もう、人が管理しなくてはならないほどに、種々の要因によりその健全な存在がおびやかされつつあることに・・・オニは種々の要因の凝縮であるかもしれない。
いま座間味村では、海の環境を楽しむ時に、同一ポイントの利用を月に何回にしようとか、ボートは4隻までですよ!とかの啓蒙活動を実行している。日本でスクーバがレジャーとして華になったのが1980年の頃・・・・
座間味村でスクーバで経済活動しているわれわれの、環境に対する責任は大きい。いつも水域を見ているのはわれわれだし、その変化にしらんふりを決め込むのは、島を捨てるに等しく、先祖にたいしてかつ、子孫にたいしてこれ以上の裏切りはないのだから。
島のボランティアダイバーの活動を励ましてくれ、また、募金活動にも積極的にアピールしていただいているQABには、大変感謝する。
中村 毅
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